石田三成という男は数という数を口にして生きているような男であった。

 世を石高で測り、御貸具足をひいふうみいよと数える。

 あるときは城の普請にかかる人足をすらすらと淀みなく進言し、

 またあるときは戦にかかる兵糧をあっという間に弾き出す。

 彼がそれほどまでに数に秀でるのは、彼が文吏として辣腕を振るうからでもあったが、

 数というものが生来貴ぶ理の指針でもあるからだろう。

 二万石出そう。

 士官を請いにやって来た時でさえ、彼はやはり数を口にしていた。

 左近は笠を上げ目を細めた。今もまたそうだ。

 三成は伏見より戻ったその足で暇もなく水田の畦道を規則正しい歩幅で歩いて測り、

 農民を呼んで今年の実りはいかほどかと尋ねている。

 なにも彼が自らすることではない。

 測量の規則を定め、役人を選出したのは彼自身だ。

 だというのに彼は時折こうして左近や近習を伴い自ら出向く。

 それは生涯変わらぬ三成の性分なのだろう。

 もはや何も言うまいよ。左近はそう思う。

 再び鞍に上がった三成の傍に馬を寄せると、彼は早速数を口にした。

 曰く「今年の実りはこれこれ故、免租はこれほどにしようと思うが左近はどう見る」。

 ほうらと左近は笑いたくなった。また数だ。

 三成はそのような様子に終始する左近を不審げに見詰めた後、

 数を書きつけるために懐から野帳を取り出した。



 そのような三成の数かぞえは何処にあっても、

 立つ地がたとえいくさ場であろうとも変わらなかった。

 兵糧を何度も熱心に数える。帳面を出し、うんうんと頷きながら数を書きつける。

 そんな彼の姿を見ない戦場はなかった。

 石田家家臣団は口を揃えて、

「殿、殿。腰には刀を帯び、どうか鎧をつけてくだされ」

 と言い募ったが三成は頑として首を縦には振らなかった。

 帳面を入れているのだから無理だと言う。

 左近も士官した頃の戦場では、

「御身、お一人のものではないのですぞ」と厳しく諫言したが、

「そうだ。おれは一人の身ではない。

 いくさ場に在るみなの腹を満たすがおれの戦だ。

 刀を持ち、鎧を着込んだところでいったい誰の腹が膨れる?

 筆を忍ばせ、帳面を持つことの方が余程有益ではないか」

 といともあっさり退けられた。

 その凛然とした様といったら。

 嗚呼。

 それは唐突なことだった。

 嗚呼、なんという人だ。

 そのとき島左近は石田三成という人を丸ごと理解した。

 この人は自らを守るということを知らないのだろう。

 それゆえ、この人は誰よりも前に立ち、人よりも多く傷つくに違いない。

 それでも、この人は美しいたましいだけを持って歩んでいこうとする人なのだ。

 それからもう刀を持たずとも、鎧を着けずとも良いと左近は思った。

 俺がこの人の刀となり、鎧となれば、それでよい。

 この人をこの人の心のまま、この人の在りたいまま、在らせてやりたい。

 そのとき心の底から、腹の底からそう思ったのだ。



 野帳を懐に仕舞った三成が「なあ左近」と左近を呼んだ。

「なあ左近。明日はもう少し遠くへ行こう」

 きっとまたこの人は懐に刀ではなく筆を忍ばせ、鎧ではなく帳面ひとつで行くのだろう。

 たったひとりで、たったひとりのいくさをしに行くのだろう。

 ならばその刀となり、鎧となり、この人の行く道を少しでも長くまで。

「また殿の数かぞえですな」

 その笑みひとつにも左近の覚悟が隠されている。









もはや何も言うまいよ。



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