「此度もみなの戦働きは見事じゃった。
が、それもこれも三成がおったからじゃな。
三成がおらんかったら、みな腹をすかして戦にならんわ」
秀吉がそう言うと、三成はひどく恐縮し、畏まった。
「過分なお言葉です」
はにかんだように微笑む。
すると常日頃の居丈高な様は鳴りを潜め、白皙の怜悧は僅かに紅潮する。
まるで慕う親に頭を撫でられた子どものようだと障子を隔てて控える左近は思った。
「なんじゃ左近、やきもちか」
ひょいと部屋から小柄な秀吉が覗いた。そのまま左近の前を過ぎる。
「ま、恥ずかしながら、そんなとこですかね」
左近が言うと、秀吉は気持ち良く笑った。
だれかさんとは違い、ほんとうに気持ち良く笑うお人だと左近は思う。
「三成はわしとねねが大切に育ててきたとびきりの子じゃ。そう簡単にはやらんぞ」
「やる、とは異な事を仰る。殿に召し抱えられているのは俺の方なんですがね?」
「お前のそういうとこは三成にそっくりじゃな」
なればこそ石田三成をわかってやることもできるじゃろ、と秀吉は庭に降りた。
冬も深まり、木々の葉はすっかり枯れて落ちていた。
春はまだ少しも見えない。
「左近」
「は」
左近は居住まいを正した。
秀吉がくるりと背を向ける。その背は秋よりも少し小さくなっていた。
「三成はまだ雛じゃ。親鳥の帰りを巣で待ち、餌が欲しいと鳴いておる」
親鳥の羽根の下で眠る雛鳥は夜露の冷たさも、夜明けの寒さも未だ知るまい。
「じゃがいずれは飛ばにゃならん。
我が子のためにその羽根で夜露を凌ぎ、冷える夜明けには温めてやらにゃならん」
左近、と秀吉は左近を呼ばわった。左近は平伏する。
春が、どうしても遠い。
「お前は三成の羽根を撫でてやってくれ」
地に落ちたら拾ってやってくれ。
どれだけ泥にまみれようときれいな羽根だと褒めたってくれ。
そうして三度も四度も何度でも空に放ってやってくれ。
「あれが羽根を存分に広げて飛び立つ姿はさぞやきれいなんじゃろうなあ」
言外にわしには見ること叶わん姿じゃと言っているものと左近は心得た。
みつなり、あいしとるぞ。