なにやら騒がしい。

 そのように小首を傾げた三成が濡縁を渡り、声が一際大きく漏れる遠侍の一室を覗くと、

 石田家中のまだ若い男たちがなにやら熱心に談義をしている。

 その中には筆頭家老の島左近の顔も見えた。

 片膝を立て、崩した座り方をする左近はまだ三成には気がつかない。

 若者たちの手元を眺めては、時折実に楽しげに笑っている。

 が、目だけは鋭い、と三成は思った。

 彼らの膝先には一枚の紙があった。

 皆でそれを覗き込み、手元の石ころを熱心に動かしては、

「島さま、これでいかがか」

 そう言っては左近の顔を窺っている。

 なにをしているのか。三成は思った。

 そのため知らぬうちに少し身を乗り出していたのだろう、

「殿」

 最初に三成に気がついたのは左近であった。

 すると若者たちがはっとした様子であたふたと平伏しようとする。

 が、三成は「要らん」とそっけなく断った。

 そしてそのまま気軽に「それはなんだ。なにをしている」と部屋に入り、問うてみた。

 若者たちは再び腰を浮かしたが、

「かまわん。すぐ去る」

 と三成にぴしゃりと言われ、居辛そうに肩を窄めてしまった。顔色がどれも悪い。

 左近は微苦笑を浮かべた。

 若者たちは石田家において戦働きをする男たちの息子ではあるが、

 その父親の身分は家老、騎乗を許された武者、足軽大将、足軽に至るまで様々である。

 ゆえ、三成の人となりを知る機会が少ない者もいるだろう。

 だれにでもそっけないお人なのだ。

 と後で言っておくべきだなと左近は顎を撫でた。それから応える。

「戦遊びですよ」

「戦遊びか」

 なるほどと三成は理解した。

 彼等が囲む一枚の紙を戦場に見立て、線で地形を描き、

 あの石ころで陣や軍団を表しているのであろう。

 興味を持った。

「やってみせよ」

 三成が言うと、若者たちはさらに萎縮してしまったが、

 左近が促して、漸く戦遊びの続きが始まった。

 三成はただただその様子をじっと見詰める。

 すると若者たちも先程の活気を取り戻し、盛んに手を、口を、動かすようになった。

 どうやら左近一人が奥の軍を、若者たちが手前の軍を動かしているらしい。

 そういうことは三成にもすぐに解った。

 その間にも「これで如何か」と若者の一人が石を動かし、その策を左近に披露する。

 だが左近は「じゃあ俺はこうするぜ?」と見事に若者の軍を返してしまったではないか。

 そうして「何故返されたか、分かるかい」とぐるりそれぞれの顔を見回すのだ。

 自らに問われたわけではなかったが、「分かるか」と問われて引き下がる三成ではない。

 口にこそ出さなかったが、幾つか答えを思いつく。

 それは若者たちも同じだったのだろう、彼らは一頻り考え、口々に述べ、

 やがては「ならば今一度、これは如何ですか」と新たな一手を打ち出した。

 おれの考えとは違う、と三成は思った。

 次いで、先ほどよりは良い手だ、とも思った。

 左近も同じように思ったらしく、

「なるほどな。じゃあ次はこうしてみるか」

 と戦局を次の段階へと動かし、また次の一手を若者たちに考えさせる。

「こうでは如何か」

「いや、ここはこうするべきなのでは」

「私はそれよりも、こちらに後詰めを配っておくべきかと」

「いや、いや、そうなると」

 そのような若者たちの遣り取りを左近といえば口を挟まず、じっと聞いている様子であった。

 三成は「ああ、なるほどな」ともうひとつ理解した。

 この男は若者たちの兵法の癖や性格などを今まさに食っているのだろう。

 槍働きをする者か、赤衣武者として引き立てるに値する者か、調略を得意とする者か、

 土木を担うことが出来る者か、後詰の将として相応しいか、篭城に優れている者か。

 島左近は若者たちと戦遊びをしながら、もうひとつ戦をしている。

 そうしてその一つ一つを当代一と言われる軍略に加えていくのだ。

 またこうして島左近という兵法を石田家の家臣団に学ばせることによって、

 いざ戦となった時にはこの者たちを島左近の軍略の体現者として仕立てようとしているのだ。

 三成は暫く本当に立ったまま若者たちと左近の遣り取りを眺めて、去った。

 また若者たちの一手が左近に看破されたところだった。



 それから日が経ち、夜、左近は石田屋敷の御対面所に呼ばれた。

 廊下を渡る左近の足取りはそう速くはない。

 主殿での謁見ではないことから、ごく内向きの用件であろうことは察せられた。

「来たか」

 部屋へ行くと、三成はかんたんに左近を仰いだ。

 そっけないお人なのだ。左近は思い出して忍び笑う。

 言葉にせよ、行動にせよ、すべてを偽らず、すべてを思うままにする、

 そういう飾らないお人なのだと思う。

 三成が胡坐を掻いているので、左近も胡坐を掻いた。

 そうして「ほう」と目を細めた。

 三成の前には一枚の紙と並べられた石ころがある。

 あの日、家の若い連中と興じた戦遊び。

 「分かるか」と問うたときそのままの戦場がそこにはあった。

「戦遊びですか」

 言うと、「うん」と声には出さず三成はそう言って頷いた。

「左近」

 と帯に挟んでいた扇子を取り、その先でとんと三成は陣を指す。

「あやつらは、この陣を軸に兵を動かそうとしていた」

「ええ、ですから俺はこのように」

 自陣にあった石ころを動かし、こつんと三成の扇子にぶつけてみせる。

「追っ払っちまいました」

「うん。そこまでは俺も見た。それでどうなった?」

「勝ちました」

「そうか」

 三成は納得がいったのか、扇子を引き、今度はその先を顎に当てる。

「あやつら、勝たなかったか」

「いえ、そうではありません、殿。彼らは勝てないんですよ」

 左近は片足を立てた。

 三成がそれをどうこう言う人ではないと知っている。

 三成は寧ろ左近の言に興味を示したようだった。

 やはりそうか、と言う。やはり勝てないか、とも言う。

「おれはあやつらの一手より先、あれこれ思案はしてみたが、勝てなかった。

 ならばあの時の一手が拙かったに違いない」

 とん、と扇子の先が床を叩いた。

「左近。おれはあのとき、あやつらとは違う出方を思いついていた」

 もうひとつ、とんと今度は紙の上を叩く。

 すると石ころがころりと動いた。

「おれならば、こうした」

 どうだ、と三成が左近の目を見る。

「左近。おれはこのあとお前が如何にするか知りたい」

「ははあ、そういうお召しでしたか」

 そうは言ったが、左近には分かっていた。

 あのとき、三成は気付いていなかっただろうが、

 左近はちらりちらりと三成のぎゅっと閉じた唇の様子を窺っていた。

 そうして「ああ、言い出したくて堪らないんだな」と分かっていた。

 言葉にせよ、行動にせよ、すべてを偽らず、すべてを思うままにする、

 そういう飾らないお人なのだから、

 出来ることならばあの場で若者たちに混じり、談義を交わし、左近に挑みたかっただろう。

 左近は自陣の石ころを指で摘んだ。

「さすれば」

 と言うと、三成は顔にこそ出さなかったが、きっと喜んだに違いない。

 左近の指が石ころを何処に置くのか、今か今かと待ち構えている。

 そっけないお人。飾らないお人。

 そのような人柄を仕方のないお方だと憂い想うと同じくらい、

 三成の、その心のため、その身を惜しまず、戦場にさえ立つ果敢な気性を、

 左近は好いている。










おいくさ遊ばせ



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