行き交う兵たちはみな湧きかえっていた。

 戦に勝ったとき特有の、熱病にうなされる時のようなぼうっとした熱い霞が、

 今小田原の天にも、人にも、満ちている。

 天下は今日この日に秀吉の下、定まった。

 喧騒を離れ、自陣より彼らを眺める石田三成の顔もまた高揚していた。

 だが、少し違う。左近はそう見ていた。

 誰もが到来する世に浮かれる中、石田三成だけが違う。

 傾斜が続く道の先、より天の近くに立つ三成の顔は、熱病を病んではいない。

 まして浮かれてもいない。

 霞むことを知らない彼の眼差しは、ひたと小田原城に向けられた。

「左近。

 戦が終わった。

 この地は、徳川殿のものとなるだろう」

 そうしてやがて石田三成は天を仰ぐ。

 天は青く、何処までも青く、今日この日は美しかった。

「だが、それで終わりだ」

 終わりなのだよ、左近。

 三成は、彼にしては殊更にゆっくりと、奇妙なほどにぽつりと呟いた。

 左近は何も言えはしなかった。

 この人は、石田三成は、今日この日の天をひたすらに望み、仰ぎながらも、

 その立つ地の渇きを哀しいまでの聡さで、秀吉に愛されたその利発さで、知っているのだ。

 天下の諸侯たちは今一斉に平伏している。

 そしてその威風こそを時代と見て、更に深く平伏している。

 それだけだ。左近はそう思う。

 それだけの、そういう天下なのだ。

 もし禄が掌に一盛の米であったとしても、その半分を呉れてやろうと言う石田三成と、

 そういう石田三成こそを天とし、望み、仰ぎ、伏す左近とでは違う。

 根本的に全てが違う。

「左近。この国には主のない土地などもうないのだ」

 この天下には最早与えることのできる土地などないのだ。

 三成はそう言っているのだろう。

 だがそういう急ごしらえの天下と知りつつも、

 これからもこの人はこの天を二無きものとして仰いでいくのだ。

 聡いというのに、利発であるというのに、決して霞まぬ眼差しを持つというのに、

 この人は賢くは生きられない。

 空が青い。何処までも青い。

 それゆえたったひとり鮮烈の赤を持ってそこに立つ三成を左近は哀しく思う。

 だが、だからこそ、石田三成に宿る燃え立つ炎を美しいとも、

 渡り軍師として歩いた島左近さいごの天として仰ぎたいとも、

 情をもって守りたいとも思うのだ。










諸行無常の響きあるとも



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