「秀吉さまはいつも同じ話をご所望になる」

 三成が不意に零した。

 だがそれは不平とはほど遠い。

 むしろ同じ話を聞いて飽いたりはしないのか、酔いが早くなってきたのではないかといった

 小姓の時分のような細々とした心配が先に立っているように左近には思える。

 刻限はもう宵の口をとっくに過ぎた。夜はとっぷりと更けている。

 城内の廊下とはいえ、薄暗い。

 そこを迷いのない足取りで行く三成に付きながら左近は顎をさすった。

「秀吉さまは人の話を聞くのがお好きな方ですからな」

 左近の言うとおり、秀吉は身分構わず、だれかれ構わず、人の話を聞くのが好きだった。

 武将大名が宴に顔を揃えれば、その武勇を聞きだかり、

 町衆が挨拶にやって来ると商について耳を傾ける。

 ひょっこり現れた友人は引き止め、ついには褥のおんなの生い立ち話までうんうんと聞いている。

 そんな秀吉であるから、三成に左近も加えたごくごくこじんまりとした三人の宴の席では、

 三成に「三成、三成。なんぞ話をせい」とよく言った。

 とくに三成が左近を得た話は気に入っているらしく、

 「そうじゃ。あれがええ」と幾度となくせがまれた。

 その度に三成は奉行らしく簡潔に言ってみせるのだが、

 秀吉は身を乗り出しながら「なんでじゃなんでじゃ」と言ってみたり、

 「ほいでどうした」「もちっと詳しく話せ」と言うものだから、

 結局はとりとめのない長話に崩れてしまう。

 ときには昔一度秀吉自らが左近を得ようとして断られたと明かしたり、

 左近がいた女郎屋について聞きたがったりもする。

 だが最後の最後には決まって扇でぴしゃりと膝を叩き、

「見事、見事。さすが三成じゃ」

 と大いに喜び、大いに手を叩いてはしゃぐ。

 それから恐縮する三成の背後に控える左近に目を遣り、

「左近の意気も天晴れ」

 とまた喜ぶ。

 そのような遣り取りを二・三度宴に同席し、目にした左近は

「殿。秀吉さまはもう三度ほど同じ話を聞かれているように思いますがね」

 と三成に耳打ちしたが、当の三成は「おれはもう十三度話した」と生真面目に答えた。

 それから何度も宴に呼ばれて話を聞く内、左近はなんとなく秀吉の考えを読めるようになった。

「殿」

 左近は前を行く三成に言う。

「折角だから、俺にも何か話をして下さいよ」

「お前も、またか」

 三成は左近には少々うんざりした様子を見せ、髪を揺らした。

「なぜおれの話を聞きたがる」

「ま、いいじゃないですか。夜とまでは言いませんが、屋敷まではまだ長い」

「何か、ではわからん」

「ならば、高松城の話を」

「高松城か」

 うんざりした顔が引っ込み、三成は思案顔になる。

 それから、「あれは、すごかった」と明るい顔をした。

「あれは、おれがまだ秀吉さまのごくお傍でお仕えしていたころのことだ。

 中国の毛利氏を攻めるため、秀吉さまが」

 秀吉さまが。

 秀吉さまが。

 三成の話は、三成自身のことを話しているときでさえ、

 途中で石田三成という人物は姿を消し、秀吉を中心に廻り始める。

 それは秀吉に限ったことでなく、左近との話をしているときには「左近が」「左近が」になり、

 北の政所の話をすれば、「おねねさまが」「おねねさまが」になる。

 秀吉さまが。

 左近が。

 おねねさまが。

 吉継が。

 兼続が。

 幸村が。

 そう話しているときの三成は、自らのことのように誇らしく語り、

 子どものようにその活躍を喜ぶ。

 秀吉は、きっとそのような三成を見たいと思って三成に左近との話をさせているのではない。

 左近はそう読んでいる。

 彼の者たちを語るとき、三成の胸には誇らしさと喜びが溢れかえっている。

 彼のものたちを語るとき、三成はしあわせなのだ。

 だから左近は三成に好きなように、好きなだけ語らせる。

 秀吉も同じ想いなのだろう。

 もっと、もっと、できることならばずっと、永く、しあわせに。

「左近。左近。お前、聞いているのか」

 三成が振り向く。

 左近は常の通り世慣れた笑みで顎をさすった。

「聞いておりますよ。ですが、まだ、まだ、足りませんなあ」










このまま夜が明けたっていい



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