こりゃまた随分とご機嫌が悪い。と島左近は思った。
顎を撫でる。
左近の先には石田三成があった。
その右手側には豊臣の本陣、左手側の遠くには敵陣が構えられている。
三成が左近の前に辿り着くまでの僅かの合間、左近は彼を苛立たせるものを思案した。
さて、なにか。
だれか兵糧を数え間違えたのか、駄荷に滞りがあったのか、
はたまた秀吉のいる本陣で彼を不機嫌にさせるだれかと顔を突き合わせていたのか。
石田三成を腹立たせるものをこの世に数えればきりがない。
左近は目の前にやって来た三成を見下ろし、ゆるゆると顎をさすった。
彼が急くならゆるりと、彼が苛立っているならば笑ってやろうと心に決めている。
「どうしたんです。機嫌悪いですよ」
「当然だ。我が方は未だ城を落としておらんのだからな」
きっと睨まれたが、睨まれればこそ左近は穏やかに返す。
「殿。寄せ手が天下一の軍であっても、有利は城にあるんです。ま、気長にやりましょうや」
「そんなことはわかっている」
すっと帯から抜いた扇子で三成は掌をとんとんと打つ。
「だがおれはその気長が気に入らん」
「はあ。どのようなところがお気に召さないんですかね」
左近が問うと、三成はまずは飯が贅沢だと言った。
いくさ場にはいくさ場の飯があると言う。
それから菓子もいかんと言い、酒はもっといかんと言った。
「酒に酔ったところを、こちらが大軍であるからといって、奇襲されないとは、
だれも、秀吉さまこそが言い切れぬだろうに」
「右大臣の桶狭間、ですか。ま、そうでしょうな」
「なにより気に食わんのは、あきゅうどやおんなまでもが陣をうろうろしていることだ」
ここはいくさ場だ、と三成は先ほどよりもとんっとんっと強く掌を打った。
そうして、もひとつとんっと堅い扇子が彼の手を打つ前に、
左近はなにげない様子でひょいとその扇子を取り上げた。
「殿。あきゅうどもおんなも、人がいるところに集まってくるもんですよ」
京、大坂、いくさ場。
賑わうところには彼らがおり、彼らがいるから賑わうところがある。
「かれこれもういくさも長い。いくさ飯ばかりじゃあ士気が下がる」
左近が言うと、三成は知っていると声音を低くした。
「ねえ殿。急ぎの城落としじゃあない。菓子や酒は我が方の有利ということでしょう」
「知っている」
「それに兵たちも欲しいもののひとつはある」
「知っている」
「なによりいくさばかりは参ってしまいますよ」
「知っている」
さいごのその言葉は刺すように鋭かった。
左近は少し間を置いた。
ゆるゆるとおだやかに切り出す。
「知った上で、殿は殿のお考えを秀吉さまの前でご披露なさったわけですな」
「そうだ」
三成の声音からはもう先程の鋭さは失せていた。
常日頃のあの淡々とした物言いが戻ってきている。
「今し方、申し上げて来た。
ここが命を遣り取りするいくさ場であり、
城に篭る者どもは飢えていることをゆめゆめお忘れなきように、とな」
「で、なんと?」
「秀吉様は苦く笑われ、
ほかの阿呆どもは、秀吉さまをお諌めするなど身の程を知れと噛み付いてきおったな」
左近は声を立てて笑った。
それから笑い声のみ引っ込める。
「そうなることも承知の上だったんでしょう」
間が落ちた。
鋭かった眼差しが一度瞼に遮られ、次に開いた両眼には毅然とした静けさがあった。
三成は、うんと頷く。
「左近」
「はい」
「主やみなが諾と言っても、否と申し上げなければならないときがある。
左近。
おれが言わずして、ほかにだれがいる」
御立派です。
左近は言った。
それがあまりに常日頃の口調とはかけ離れていた為であろう、三成は不可解な顔をする。
「なにを言う。当然のことだ」
「やれやれ。殿が今言ったばかりじゃないですか」
そう言った左近の口調はいつもの通り、少し軽く、たいそう尊大なそれだった。
「殿が当然のことだといくら言ってもね、世間のみなさんが殿を不忠者と言ったとしてもだ、
石田三成を御立派だと言いたいときがある。
殿。
俺が言わずして、ほかにだれがいるっていうんです」
すると石田三成、
そっぽを向いて言い捨てたことには、