水を撒いておくように言い置くと、三成は門を潜った。
つい出たところには左近が佇み、三成を待っている。
その前を過ぎながら三成は「行くぞ」と声を掛けた。
「行くとしますか」
ざっと左近の草履が砂利を踏む音がする。
その声、その音をもう背にして、三成は真昼を歩み出した。
蝉の音はもう朝に遠く、夕のかまど鳴りにはまだ早い。
石田屋敷のよく葉を繁らせた木々も今は無風に静まっている。
三成と左近が踏み鳴らす乾いた砂利の音だけが耳に掛かる髪を揺らす。
今日も暑くなる。
三成は額に手を翳し、真白い陽を見上げた。
佐和山の田は干上がっていないだろうか。
三成にふと過ぎったことは、そのようなことだった。
近江の畑に実った作物は乾いていないだろうか。
干上がっているならば、乾いているならば、さて水をいずこから引くか。
まだ水を湛えた池は、湖は、どこにあったか。
人足はいくらほど要るだろうか。
三成は手を翳すのをやめ、「ふむ」と腕を組んだ。
そのようにして自ら手をなくしてしまったのだから、水を掻くことかなわず、
そのまま思案の海に沈んでいく。
からからとした太陽が肌を炙っていることに頓着せず、
額から一筋つつっと汗が流れていることさえかまわない。
その汗が滴る、その前に、
「殿」
と、左近に海から引き上げられた。
意識と同時に顔を上げる。
てっきり三成に従い歩いていたと思っていた左近の顔はすぐ傍にあった。
上背のある左近が三成の顔を覗き込むように見下ろしている。
「なんだ」と言おうとして、言えなかった。
言おうとしたその時には、腰に左近の左手が添えられていて、
その手を訝った時には、ぐっと腰を押されていた。
頬を辿った汗が顎から滴る。
三成は半歩ほど右ヘとよろめいた。
「なにをする」と今度こそ言ってやりたかった。だが今度もまた言えなかった。
左近の右腕にさきほどとは反対の腰を抱かれていた。
覗き込まれる。今度は鼻先が触れ合うほど近い。
「殿」
結ばれた左近の唇が少しだけ解ける。
左近はこのようにして、「と」と「の」の音を作っているのかと、
そのようなことを思ってしまったせいだろう、
「なんだ」
と三成は応えた。
応えてから、腰を抱かれながらの返答としては些か間抜けであったと思った。
ここは「なにをする」と言うべきであった。
そのように悔いる三成の間近で、左近の唇の端がにっと上がる。
「せめて日蔭を歩いてくれませんかね」
三成は頭上を見上げた。木々の葉に日差しが遮られている。
次いで左近の左手辺りを見遣れば、今もかんかんと日が照っている。
「今日は暑くなりそうですからね。
田畑が干上がっているときに、殿まで細っちまっているなんて、本意じゃあないでしょう」
三成はぐっと言葉に詰まった。
何ひとつ、ついでに今更「なにをしている」とも、言い返すことができない。
左近はますます笑った。
不愉快を隠さない三成に、「それにね」と付け足す。
「俺は色白のほうが好きですよ」
そのしたり顔に、かっ、となった。
「阿呆が」
いつまでも腰から離れない左近の腕を邪険に払う。
それ以上言葉を次がなかったのは、
この男が袋道に迷い込んだ三成を逃してくれたと分かっていたからだ。
三成はぷいと逸らした横顔で「行くぞ」と左近を促し、日蔭を歩み始める。
その色の白いうなじは、日蔭だというのに、薄紅に色付いていた。
うなじからこぼれる