石田三成に過ぎたるものが二つあり。島の左近に佐和山の城。
そのような俗謡が流行ったとき、三成は特段気にした様を見せなかった。
腹を立てる近侍たちを、
「世に名高い左近と立派な城がおれのもとにあるのだ。誇れど、腹を立てることはない」
と涼しい顔で諌めるくらいであったから、本当に気にもかけていなかったのだろう。
だから左近がその話を出したときも、三成は筆を置かなかった。
「世に名高いお前と立派な城がおれのもとにあるのだ。誇れど、腹を立てることはない」
すらすらと筆を運びながら、さらりと淀みなく言ってやる。
だが意外なことがあった。
左近が「俺は腹を立てちゃいませんよ」と言うのだ。
「寧ろ俺は喜んでいるくらいです」
三成は振り向いた。
そこで左近が差し出しているものが目に留まる。歌集だった。
三成は目をすいと細める。
「そのようなもの、全て諳んじられるぞ。寺小僧の時分に覚えた」
「ま、そう言わずに」
「この歌集がなんだというのだ」
仕方なく歌集を左近の手から取り上げる。
ぱらり、ぱらりとめくった。
やはり歌集は歌集だ。三成は左近の手にそれを返しながら、
「三、四百年前の色恋の歌ではないか」
と言いかけて、はたと気がついた。
手が緩んで、ばさりと書が落ちる。
三成は、だがそれには構えず、顔を上げた。
すると左近が背を正し、懐深い笑みで三成を迎えていた。
石田三成に過ぎたるものが二つあり。島の左近に佐和山の城。
そう謡い始める。
それから「ねえ、殿」と言った。
「嬉しいじゃないですか。
その歌集のように、その歌のように、その色恋のように、
俺の名は石田三成と共に伝えられる。
俺の名は石田三成の名の傍らに在れる。
俺は三百年、四百年、いいや、どれだけ後の世も石田三成の家臣でいることができる。
ねえ、殿、嬉じゃないですか」
このうた絶えても