「三成。三成。近江一の桜をここに持って来い」
と秀吉がはしゃいだのが一年と少し前、春のはじめのことだった。
そのころにはもうぽつりぽつりと咲きはじめていたから、すぐに移すことは叶わなかったが、
今年の花は見事秀吉の京で開いた。
花霞、鈍青の空の下、
幾本、幾十本、幾百本もある花の下を秀吉がひょい、ひょいと縫うて行く。
そのあとを三成がしゃき、しゃきと付いて行く。
秀吉は「見事、見事」だとか「あっぱれ」だとか、手習いにはじめた歌などをひねるが、
三成はそういうことはうまくない。
「さようで」だとか「そうですか」だとか、ときにはもう黙してしまったが、
秀吉はそういうことがうまかった。
「三成、三成」とまだ若い侍を振り仰いでにっかり笑う。
「咲いとる咲いとる。三成の桜がよう咲いとるぞ」
近江から三成が運んだ桜がそのしゃんとした美しい立ち姿を誇るように、
枝を張って、花で満たして、咲いている。
「さっすが三成じゃあ」
秀吉は幹の周りをくる、くると廻った。
そうして「三成、三成」と言って手を差し出す。
「鋏、持って来い」
あ、と三成は思った。
ぱちん、と枝が鳴る。
その枝こそ三成がこれぞと定めたものだった。
ちょうど一年前の今のころ、幾百本の桜を見て回り、見目良く、香り良く、
なにより秀吉の背丈から見るにちょうど良い、そういう枝だった。
そういう枝であったから、三成はひどく残念に思った。
だが、振り返った秀吉はやはりにっかり笑っていた。
「ほれ、三成」
一振りの美しい枝を渡される。
「三成が一番うつくしいと思ったものは、三成が持っとればええ」
「と、そのようなことを、仰るのだ」
その淡々とした物言いは常とかわらなかった。
だが秀吉の一言一句を辿る様を、「随分とはしゃいでおいでだ」と左近は見受ける。
三成は生けた枝を見遣った。
「おれは、おれが一番うつくしいと思うものを秀吉さまに差し上げたかった」
左近は思う。
きっと秀吉は花を、枝を、一生懸命に探した三成をうつくしいと思ったのだろう。
きっと三成は一番の花を、枝を、分け与えられる秀吉をうつくしいと思ったのだろう。
きっと世のうらもおもても知る秀吉と三成であるからこそ、
ほんとうにうつくしいものを知っているのだろう。
左近は花を見る三成の生真面目さがよくあらわれた横顔を眺めた。
これぞという枝を探し回ったあのときと、何ひとつかわらない懸命な顔だ。
俺は、という想いはすとんと左近の腹におさまった。
きっとうつくしいものを見ている