石田三成はうんざりとしていた。
つい一昨日六人目を論破し、追い返してやったというのに、
その家臣六人が結託し、ついに七人目を引き摺り出してきたらしい。
時は豊臣を賜った秀吉が九州征伐に今こそ乗り出さんとしていた頃のこと、
石田三成は豊臣諸将の兵站は言うに及ばず、
加えて石田家臣団の陣頭指揮まで一人でやってのけようとしていた。
「さすが石田殿はお一人で十分のようだ」などと陰口が耳に入ることもよくあったが、
それは本当のことだと、多忙も手伝い、三成は歯牙にも掛けなかった。
「お前には、与えた二万石の差配を申し付けておいたはずだが」
わざわざ領国から京まで訪ねてきた七人目は島左近であった。
つい先達て近江で牢人していたところを二万石で召し上げた。
大柄な体を畏まらせている左近は、だが飄々として悪びれない。
「大方は片がつきました。殿の兵站といくさの差配に比べれば容易いことです」
三成は掻いた胡坐の片膝に肘を乗せた。憮然とする。
彼はやはり先の六人のように「ご無理召されるな」と三成を諌めに来たのだろう。
さて何と言って追い返してやろうか。
だが世に名高いあの島左近だ、これはきっと一筋縄ではいかんな。
などと三成が考えていると、その左近は三成に断ってから足を崩した。
そうして右肘をふたりの真ん真ん中につく。
その意図が読めず三成が訝しんでいると、彼はそのまんま手を差し出した。にこりと笑う。
「腕相撲。出来ますか」
意表を突かれたとはこのことだろう。思わず片膝についていた頬杖の肘が浮く。
こうなると今更手を引っ込めるわけにもいかず、
そもそも「出来ない」と言うのは三成生来の気性が許さなかった。
「出来る」
そう斬るように言ってから、三成もふたりの真ん真ん中に肘を付いた。
左近と手と手を合わせる。
「では」
と左近が三成の手を握った瞬間、三成もまた手と腕に力をぐっと込めた。
押し倒してやろうと意気込むが、けれど額を付き合わせた左近は涼しい顔をしてびくともしない。
それどころか子どもをあしらうかのように楽しげに三成を見ているようでもあった。
そういう左近にますます腹を立て、三成が手に力を込めようとした途端のこと、
「失礼」
左近がひょいと三成の腕をいともかんたんに倒してしまった。
とん、と三成の手の甲が床に着く。
左近の手が離れると、三成はすぐさま手を引っ込め、まじまじとそれを見詰めた。
左近は大柄である。いかにも武に長けた体躯で、力は三成よりも強いだろう。
だが三成とていくさ場で鉄扇を振るい、幾人もの敵兵を打ち倒してきた。
「こうもかんたんに負かされるのは、腑に落ちん」
今度は三成から左近との間に肘を付いた。
「もう一勝負、ですかい」
いいですよ、と笑った左近の手が三成の手に合わさる。
それから二、三度やったが全て左近の勝ちだった。
もう片方の手でもやってみたが、やはり左近の勝ちだった。
手を利き手にかえ、もう一度やってみたが左近の勝ちは覆らなかった。
そこで、「そうか」、三成は左近の手を解いて、自らの手首をきゅっと握った。閃く。
「手首と掌の返し方だ」
顔を上げ、左近を見遣る。左近はにこりと笑った。
「ご名答。見破らちまいましたね」
「うん。三度目で気付き、四度目で試し、五度目で合点がいった。
よし、次は五分と五分だ。おれはもう一勝負申し入れるぞ、左近」
「ええ、かまいませんよ」
左近が肘を付き、手を構える。
三成がその手に手を合わそうとしたところで、「殿」と左近が言った。
「殿。俺は殿に、腕相撲が出来ますか、と訊きましたね」
「うん。そうだな」
手を合わせ、ぐっと力を込め合う。
もう三成には左近の手首と掌の返し方は分かっていたし、それを使ってやることも出来た。
勝てる、とさえ思った。だが、
「すると殿は、出来る、と答えた」
あっという間であった。ぐいと左近の腕が三成の腕も手も押し倒す。
とん、と三成の手が床を叩き、勝負はついた。左近の勝ちだった。
違う返しをされたのだと三成はすぐさま気付く。
顔を上げると、左近は三成の手を握ったまま、すぐ傍で太く笑んでいた。
「殿。殿は確かに出来る。だが俺のほうが殿よりも上手に出来ることがあるんですよ。
ねえ、殿。俺に任しちゃくれませんかね」
その水に、魚来たる