勝ちいくさになる。

 石田三成は陣を敷いた小高い山の上からいくさ場を見渡していた。

 こちら方の兵は相手方の指物を次々と打ち倒している。

 豊臣に与した大名の領国でのことである。

 豊臣を好としない土着の家臣団の一部が、主の留守についに離反、兵を上げたのだった。

 折りしも件の大名は畿内にあった。領国へ帰り、いくさをするほどの手勢を率いてはいない。

 難渋した大名は豊臣を頼った。頼らざるを得なかった。

 秀吉は懐が深い、と世の人に見られている。

 この時も「心配せんでええ。わしに任しとけ」と気前良く兵と三成を貸し与えた。

 近々この領国において国替えがある。

 そういう秀吉の思惑をこの頃国替えを取り仕切っていた三成はすぐに理解した。

 だが、このいくさ場で三成は豊臣兵を意欲的には動かさなかった。

 三成が大名と共に畿内を発って幾日か、

 領国の境までやって来ると、大名に恭順する土地の家臣団が加わったのである。

 家臣が起こした乱だ。

 主がおさめるべきである、と三成は秀吉の思惑とは別のところで考えている。

 そうして今はおさめるだけの兵もある。

「家内のことに他を無闇に立ち入らせては家が潰れる」

 そう言って三成はこの山に陣を張ったのだ。

 だが、

「だが、どうやらそうは言ってはいられないようですよ」

 振り返ると、島左近であった。先達て牢人していたところを高禄で石田の家に招かれた男だ。

 かの武田信玄とも誼を結び、松倉右近重信とともに筒井の右近左近と呼ばれた軍略家である。

 筒井を退去した後、引く手数多であったこの男は小身の石田三成のもとにやって来た。

 島も焼きが回ったか、と言われていることを三成は知っている。

 その左近は使い番を連れていた。

「申し上げます」

 お裏切り。返り忠である。

 飛び交う矢の下を駆け抜けてきた男はそう言った。

 すぐさまいくさ場を見遣る。

 前線の一角が崩れている。領国境で加わった侍たちだ。

 その内の一隊が敵方へ寝返ったことが見て取れた。

 隣に陣取っていた者たちはひとたまりもない。無防備な横っ腹を槍や鉄砲で打ち抜かれて倒れ伏す。

 いくさは一気に混戦の様相を呈した。

 突然の寝返りに動揺するこちら方。息を吹き返す敵方。男らの悲鳴と怒号が沸き上がる。

「殿」

 使い番を下げた左近は三成に並んだ。斬馬刀を肩に担ぐ。

「俺が出ますよ」

 無策ではなかった。左近は前線近くに兵を配し、伏せていた。今からそれを率いると言う。

「寝返ると見越していたのか」

 三成は隣の男に目を遣らなかった。

 左近も常の如く飄々としたまま「いいえ」と言う。

「ただ、かの将は敵方からの養子と聞きます。

 情に流され、あちらさんに手入れされるのも分からないわけじゃあない」

「この流れもあると読んでいたのだな」

「ま、俺に言わせれば相手方にこころ内を理解される時点で奇策には成り得ませんがね」

 こういうときの三成は果断である。左近の出陣に「諾」と頷く。

 左近は馬を引かせた。この男は三成の前でもずけずけと物を言い、平気で馬に跨がる。

 だがそういう軽妙と豪胆を持ち合わせているからこそ、乱戦のただ中へ行けと言うことができる。

 目が合うと左近は口の片端を吊り上げた。

「さて、ひっくり返すとしますかね」

 その通り、左近は後退し始めた前線を再び押し上げた。いくさをひっくり返して見せた。

 勝ちいくさになる。

 いくさ場を見渡す三成は、だが、もうこの後の仕置きについて忙しく考え始めていた。










鬼っ面に 一


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