肩衣の石田三成が口を閉じると、評定の場はしんと静まりかえった。
身じろぐ評定衆の衣擦れさえも耳に障る。
一同はどれも苦虫を噛み潰したような顔であった。
だが先ほどのような怒号はもうない。口にはできない。三成にやり込められてしまっている。
他方、三成は平生と何ら変わりはしなかった。口調も目も淡々として、硬い。
そうしてその目のまま評定衆を見渡した。
三成より年嵩の者、石高持ちの者、武功有る者に目を遣ることに少しも臆したところがない。
「件の将には切腹を申し付ける」
三成はきっぱりと言った。
幾人かが低く「ぐぅ」と唸る。
先のいくさで豊臣方から寝返った将の処遇を巡っての評定であった。
件の将は敗戦の色が濃くなった折、
自刃しようとしていたところを石田の家臣に捕らえられ、畿内に引き立てられた。
「各々方、異存はおありか」
三成に目を合わされ、評定衆らはまた唸る。
異存はあった。
石田三成を除く者らは、かの将の助命を嘆願しているのだ。
篤実な男であった。優れた武の者であった。慕う者は家中だけに留まらない。
寝返った心中も十二分に思いやれる。
敵方であった将の実家には年老いた母と、父を亡くした幼い甥と姪がいたという。
そのどれをも評定衆らは言い募った。訴えた。免じるには充分である。
だが、石田三成だけが頑なに切腹を譲らない。
そうして理と論を説かせれば、この奉行として頭角を現してきた男に敵う者など他になかった。
異存は、それがあるかと問う三成自身によって、つい今し方論破された。
「決まり、で宜しいですね」
三成はさっと座を立った。評定衆の不平顔はそこで断ち切られる。
切腹の処断は覆らない。そういう風にこの幾日か三成にしては根気強く説いてきたのだ。
「鬼め」
悪態は背に吐き捨てられた。
だが、それは三成を振り向かせるには理の足りないものであった。
評定の次の間には左近が控えていた。
「殿」と腰を上げた男に三成は僅かに驚く。
伴って来たわけでも、迎えを申し付けたわけでもない。
筒井を去って後、秀吉の覚えめでたい与力として長く豊臣方にあったこの男は、
まだ小身の石田家の家臣ながら城のあちこちに入ることができる。
されば火急のことかと問うたが、そういうわけでもないらしい。挙句、
「おれはこれから三の丸に下がる」
と言うと、「お供しますよ」とくるのだから思わず首を傾げる。
いまいち左近の思惑を掴めないまま、三成は次の間を出て渡櫓を歩いた。
まだ昼を過ぎたころだろう。狭間から差す光りは明るい。
すぐうしろでは従う左近が取り留めのないことをゆったりと話している。
三成はそれにいちいち「ああ」だとか「そうか」だとか頷いた。
左近とはたいがいこうなる。
まずは左近が話す。
しかしその中に、ふと思うことがあり今度は三成が矢継ぎ早に口を開くようになる。
すると次は左近が「ほう」だとか「左様で」だとか相槌を打つと、
決まったように、いつのまにか、なっていた。
今もまた「そうだ、左近」と言いかけたところで、だが三成は口を閉じた。
左近も三成の意を汲み取ったのだろう、言葉を途切れさせる。
自然と歩む足も止まった。
渡櫓の向こう、狭間から光が規則正しく落ちるその先に見知った男がいる。
三成にあった親密な気配は瞬く間に鋭く尖った。
豊臣幕下の内、政務を司る三成を役方とすれば、男は武で秀吉に仕える番方の将であった。
鬼っ面に 二