ごとり、と首が落ちた。

 腹は作法の通り、迷いなく切られている。

 血溜まりに体が崩れて、男の命は今この時この場でぷつりと途切れた。

 三成はそれ一連をひたと見据えていた。

 豊臣から離れた男は何ひとつ言わず、潔く腹を切った。

 情に厚く、武に長け、慕われた男だったのだろう。死に様まで見事であった。

 三成は素直に感嘆した。だが、口にはしない。

 石田三成は、そういうところまで、豊臣の男だった。



 外へ出る。

 よく晴れていた。空が薄青く、日が眩しい。今日もまた長閑な日であった。

 だが、通りすがる者たちの三成を見る目は一様に厳しい。

 眉を潜める者、連れだって陰口を叩く者、あからさまに敵意を向ける者、

 また関わりを避けて急ぎ足で立ち去る者、三成に近寄る者は誰もいない。

 臆することは何もなかった。

 秀吉が天下を取るのだ。そうして三成は豊臣の世を造る。いくさのない世だ。

 その世の、豊臣の恩を受けるだろう彼らが三成を謗る。

 凡人どもめ。三成にはそう思えてならなかった。

 三成は淡々と歩いた。馬はない。こうなることは見越していた。

 だから、今日は口取りも連れて来てはいないのだ。

 三成の歩む道が、人々が三成を避けることで、開けていく。

 その道の向こうに男の背があることに三成は気がついた。

 一陣の風が吹き抜ける。首許の肌がぞわりと粟立った。

 なぜ、と思った。

 あちらも気がついたのだろう、振り返り、恭しい礼でもって三成を迎える男に、

 三成は、なぜ、と思った。

 なぜ来た。

 すると男、左近は三成の心中を汲み取ったかのように穏やかに笑った。

「言ったでしょう。評定の場こそ、いくさ場なればってね。

 俺の殿がいくさに出るっていうんだ。軍師が立たないってことがありますかい」

 左近は三成が兵とともに左近を国へ帰したわけも承知している風であった。

 言葉が継げない。思いつきもしない。ただ口をきゅっと結ぶしかできない。

 そんな三成にふと左近が顔を寄せた。日に陰が差す。世界が色を失う。

 瞠目した。目が合う。左近はもう笑ってはいなかった。いくさ場で人を斬る顔をしていた。

「同じ顔をされている」

 息が詰まった

「いくさ場で人を斬る俺と同じ顔だ」

 胸も詰まった。

「鬼の面になられましたな。

 だが、いくさ場の鬼は褒めそやされるが、どうも政の鬼は嫌われるようだ」

 そこでにっと笑い、左近は背を伸ばした。光がふたりの狭間に溢れる。眩しかった。

「本当の美しい話だ。

 豊臣家のためたった独りで人を斬ることも、返り血を敢えて被ることも、

 将を捕らえるよう言わなかったことを悔いて下さったことも、

 俺も口取りさえも下げられたことも、誰もが知らないからこそ、この話は美しい」

 左近は前に立って歩いた。三成は左近に付いて歩くことを許せた。

 いくさ場であるからだ。

 そうしていつものように、まずは左近が話して、三成が相槌を打った。

 取り留めのない、他愛のない話だ。

 そういうことを話す左近の背は山のように三成の前から退くことはない。

 いくさ場に立ったときも、番方との諍いのときも、三成が見つめたのはこの背だった。

「左近」

 三成は左近を呼んだ。

 すると「ここにおりますよ」と左近が答える。

 たったそれだけのことで、息も胸もまたくんっと詰まる。

 詰まって、詰まって、どうしようもなくなる。

 溢れ出すしかなくなる。

「左近」

「はい」

 小さく、だが大切に、言い置く。

「助かる」










鬼っ面に 五


inserted by FC2 system